Home Mujinを知ろう Mujin Story - これまでの歩み

Mujin Story - これまでの歩み

Mujin Story #6:広がるソリューション領域とパートナーシップ(2018-2019)

2011年に創業し、10年目を迎えたMujin。その創業期や成長の過程秘話をMujin Storyとして数回に分けてお届けしていきます! Episode 6「広がるソリューション領域とパートナーシップ」。 2009年の国際ロボット展で運命的な出会いを果たした創業者。Mujinを2011年に創業し、製造業向けロボットの知能化を実現し、2015年には物流倉庫での自動化にも着手し、ひとつひとつ実績を重ねていきました。前回の記事はこちら。Mujin Story #5:世界初の完全自動倉庫の実現と複数の受賞(2017-2018) 今回は、現場への導入プロジェクトが加速していった2018年から2019年をご紹介します。 物流向けデパレタイズロボット稼働 物流向けソリューションとして、ピースピッキングの自動化を実現させた後、次に取り掛かったのがデパレタイズというダンボールの積み下ろし作業です。 物流で扱うケースは、形状が多種多様であるため、すべてを自動的に認識して正確にピッキングすることは難しいとされていました。また、重量物も扱う中で実用に耐えうるスピードを達成するのも、当時は高難易度の課題でした。しかし、Mujinの蓄積してきたロボット知能化技術により、見て、適切な軌道・スピードを自分で判断して動く、知能デパレタイズロボットをなんとか実現させました。 2018年夏、日用品・化粧品・一般用医薬品などの卸販売大手である株式会社PALTAC様の新設物流センター・RDC新潟において、出荷段階でパレットからコンベヤに積み下ろす工程において、初となるデパレタイズロボットを4台稼働させました。 https://www.youtube.com/watch?v=dC-XfF3j30g このプロジェクトを初めとし、以降様々な現場でデパレタイズロボットを導入していきました。(デパレタイズロボットの詳細は、Mujinデパレタイズロボットの特徴を解説) 株式会社坂場商店様コーナン商事株式会社様 MBO実施 & 総額75億円の資金調達 2019年2月、Mujinは2つの大きな財務施策を実施いたしました。 1つ目は、UTEC様からのMBO実施です。産業用ロボットという重厚長大な産業におけるロボット技術革新には、長期的な視野に基づいての意思決定が不可欠です。そのため、経営陣の強固な経営基盤の確保については、長年検討が行われていました。UTEC様のご協力により、保有されている株式を創業者が取得するMBOに応じていただくこととなりました。 2つ目は、ロボット事業の急拡大に伴う、総額75億円の成長資金の調達です。様々な資金調達方法を検討した結果、Mujinは国内スタートアップでは珍しい、特殊当座借越による調達を選択しました。 この財務施策によって、1.経営陣による確固たる経営権の確保、2.潤沢な成長資金の確保、3.社員へのストックオプションの拡充を実現させました。財務施策の詳細は、創業者2名によるUTECからのMBO実施及び総額75億円の資金調達を。 アクセンチュア様と協業 2019年6月、アクセンチュア様と協業を開始しました。物流領域においてデジタル変革を推進するため、Mujinの知能ロボット自動化ソリューションとアクセンチュア様の知見やソリューションを併せてエンドユーザー様にご提供できるような体制を築きました。 4度目の本社移転で8.5倍のオフィスに そして前回の移転から2年後、会社規模の拡大や扱うロボット数の増大によりオフィスが手狭となり、8.5倍を超えるオフィスへ本社移転を行うことになりました。場所は江東区辰巳。 ロボットが並ぶロボットイノベーションセンターや、お客様がロボットソリューションを常時ご覧いただけるデモエリア、ジムなどが併設されました。(詳細は、最先端ロボットセンター併設!イノベーションが生まれるMujinオフィスをご紹介) 物流向けパレタイズロボット稼働 デパレタイズ(積み下ろし)の次は、パレタイズ(積み付け)作業の自動化。積載効率やロボット自身の制約を考慮して、最適な積み付け方を事前計算し、それに基づいて積んでいくという複雑な工程です。初心者の方がすぐにできるものではなく、担当者の勘と経験が必要な作業のため、人手確保も難しい工程でした。 2019年11月、株式会社PALTAC様の新物流センターRDC・埼玉にて、8台のパレタイズロボットを稼働させました。 https://www.youtube.com/watch?v=qdtR0UThHHU 「出荷先ごとに違う什器(パレット・かご車・カートラック)へ積み付けを行う」「かご車やカートラック自体にもぶつからないように、ロボットの軌道を考慮しながらも、能力を落とさないよう素早く作業を行う」「高い積載効率を維持しつつ、出荷後に倒壊しない安定した荷姿をつくる」といったような難題もクリアし、実運用の現場でしっかり効果を発揮するパレタイズロボットを実現しました。 ファーストリテイリング様と世界中の倉庫の自動化を 2019年11月には、ユニクロを展開する株式会社ファーストリテイリング様とサプライチェーン領域における戦略的グローバルパートナーシップ締結を発表しました。 アパレル製品のピッキングは、形状が柔らかく商品種類も豊富なことから、自動化が困難とされていましたが、Mujinロボットを世界中の倉庫に導入し、自動化を加速していくこととなりました。 https://www.youtube.com/watch?v=8-YyKyecy-s 7つの受賞 2018年前半に引き続き、2018年後半~2019年の1年半の間にも、幸いなことに様々な分野において合計7つの賞を受賞させていただきました。 第35回 ロジスティクス大賞 選考委員会特別賞(2018年9月) ロジスティクス高度化への取組みと、その優れた実績を顕彰するもので、「Mujinロボットを用いたピースピッキングソリューション」が受賞いたしました。 第10回 日本ロボット学会 ロボット活用社会貢献賞(2018年10月) ロボットを様々な形で社会に普及・浸透させ、社会の変革に大きく貢献した、あるいは貢献しうる活動や知見を顕彰するもので、「Mujinコントローラによる教示レス・ロボットシステム普及による人手不足等の社会問題解決への貢献」が評価されました。 デロイトトウシュトーマツリミテッド テクノロジー 日本Fast 50 5位/Asia Pacific Fast 500 17位(2018年10月) テクノロジー企業成長率を発表するもので、日本およびAPACのランキングの中で、成長率が高い企業として表彰いただきました。 第61回 十大新製品賞 日本力(にっぽんぶらんど)賞 また同じく2018年、ピースピッキングロボットが、モノづくりの発展や日本の国際競争力の強化に役立つ製品を表彰する十大新製品賞を受賞しました。 2018年度 日本機械学会賞(技術) さらに、Mujinコントローラの開発・商品化において、日本機械学会賞を受賞しました。本賞は、新技術の中で、画期的な新製品の開発、製品の品質または性能の向上あるいは生産の向上に寄与し経済および社会的貢献の大きいものに与えられるものです。 AI/SUM World...

Mujin Story #5:世界初の完全自動倉庫の実現と複数の受賞(2017-2018)

2011年に創業し、10年目を迎えたMujin。その創業期や成長の過程秘話をMujin Storyとして数回に分けてお届けしていきます! Episode 5「世界初の完全自動倉庫を実現」。 2009年の国際ロボット展で運命的な出会いを果たした創業者。Mujinを2011年に創業し、製造業向けロボットの知能化を実現し、2015年には物流倉庫での自動化にも着手し始めました。前回の記事はこちら。Mujin Story #4:製造から物流に踏み出したきっかけ 物流での知能ロボットソリューションを提供し始めたMujinは、その後どのように歩み、プロジェクトを行ってきたのか、今回ご紹介します。 3度目の本社移転でスカイツリーのふもとへ 2017年5月には社員も40名ほどになり、開発にもより広いスペースが必要となり、墨田区押上へ3度目の本社移転をすることになりました。大型のロボットも出入りするようになるので、大きな業務用エレベーターのある、倉庫の中のオフィスです。前の本郷オフィスから4倍以上の広さ!エンジニアたちが十分なスペースでロボットと向き合えるようになりました。 本郷オフィスでの最後のランチ新しい押上オフィスへ引っ越し家具の組み立てもメンバーみんなで行いました ランチを食べるカフェテリアも広々としたスペースに。キッチンも併設されました!当初は週3回フリーランチが提供され、お寿司やピザ、ケータリングをみんなで囲んでいました。ランチがない日には、キッチンで料理も可能。料理の得意なメンバーが皆に振舞うこともありました。そして2018年からは、Mujinシェフが毎日作りたてのフリーランチビュッフェを提供してくださるようになっています。(フレンチシェフの作るMujinのフリーランチ) オレンジのソファが目立つラウンジスペースも新しくでき、食後にテレビゲームをしたり、コーヒーをゆっくり飲める場が生まれました。 海外進出。世界初の「完全自動倉庫」実現 2016年末に、アスクル様の倉庫にて世界初のティーチレス物流ピースピッキングロボットを稼働させ、日本のみならず海外からもお問い合わせをいただくように。 2017年上旬にお問い合わせをいただいたのは、中国企業「JD.com」。アリババに次ぐ中国EC市場シェア第2位の企業です。なんと世界で初となる「完全自動倉庫を実現する!」というプロジェクト。ピースピッキングの工程が技術的に難易度が高く、どう実現するか検討されていました。 すぐに北京本社から幹部数名がMujinオフィスへ視察。実際にロボットが動く様子などを観ていただくと話が具体化していき、プロジェクト発足。18台のロボットを納入する大型プロジェクトとなりました。総床面積は約40,000㎡、最大保管容量は60,000箱の商品と言われているこの広い倉庫。その後順調に開発が進み、2018年2月、無事中国上海で、全行程が自動化された世界初完全自動倉庫が完成しました。 https://www.youtube.com/watch?v=YN_FUMXUT0o&t=4s ベンチャーとしての功績が評価され、立て続けに4つの受賞! 実際の現場へのロボット導入も徐々に目立つようになってきて、ありがたいことに2017~2018年には、ベンチャー・経営関連の賞を4ついただくことができました。 第2回 JEITAベンチャー賞 創業後 15 年以内で、電子情報技術産業発展への貢献が期待されるベンチャー企業を表彰するもの。 第19回 企業家賞 チャレンジャー賞 <ロボット大国ニッポン創造賞> 年間を通し、その年顕著な活躍をしたベンチャー経営者に贈られるもの。 Japan Venture Award 2018 中小企業庁長官賞 革新的かつ潜在成長力の高い事業や、社会的課題の解決に資する事業を行う、志の高いベンチャー企業の経営者を称えるもの。 2018 Japan-US Innovation Awards Emerging Leader (日米イノベーションアワード 新興リーダー賞) 「アメリカの起業家マインドと日本のクリエイティビティを組み合わせる」ことで最高のアイデアを生み出すことができると証明できた企業が評価される。 この後、さらにビジネスは加速し、実現場でのプロジェクトが増えていくことになりました。 2017年 DMS2017年...

Mujin Story #4:製造から物流に踏み出したきっかけ (2014-2016)

2011年に創業し、10年目を迎えたMujin。その創業期や成長の過程秘話をMujin Storyとして数回に分けてお届けしていきます! Episode 4「製造から物流に踏み出したきっかけ」。 2009年の国際ロボット展で運命的な出会いを果たした創業者。Mujinを創業するまでの道のりは決して楽なものではなかったものの、2011年に創業し、世界から仲間を集め、難題を乗り越えながら調達・プロダクトの開発を進めました。前回の記事はこちら。Mujin Story #3:世界から集まったドリームチームとMujinプロダクトの誕生 今回は、2度目となる資金調達、そして物流に参入したきっかけやその歩みをご紹介します。 2度目の資金調達 本社も開設し、人集めもプロダクト開発も軌道に乗り始めた2014年8月。Mujinは、総額6億円のシリーズB資金を、前回から引き続き東京大学エッジキャピタル(UTEC)と、今回新しくジャフコ(JAFCO)から調達しました。   ジャフコと出会ったのは、2012年。それからジャフコは2か月に1回くらいのペースでMujinオフィスに足を運んでくださいました。投資いただいた当時、20社以上のベンチャーキャピタルが候補として挙がっていましたが、その中でジャフコを選ばせていただきました。オファー額はトップではなかったものの、決め手となったのは「一番信頼できた」から。   よくMujinに足を運んでくださったジャフコは、現場主義を大切にするMujinのカルチャーとの親和性が高かったのです。 (当時の詳しい話は、対談記事「産業用ロボット」でガレージからグローバルへ 技術ベンチャーの挑戦【MUJIN 滝野 一征 & JAFCO】で。)   初の主力製品「ピックワーカー(Pick Worker)」をリリース 2015年1月、Mujinはついに初の主力製品となる「ピックワーカー」の販売を開始しました。今までロボットを動かすには、動作を教えること(ティーチング)が必要でしたが、製品をロボットに接続すると、ティーチングなしに、状況に応じて最適な動きをとるようになります。 これにより、例えばティーチングに1年以上かかっていた製造業の部品のピッキング工程を、数週間(今では1日)で自動化できるようになりました。   https://www.youtube.com/embed/czB7VHWogz8 翌年2016年には、「第7回 ロボット大賞 経済産業大臣賞」を受賞。たった30人弱のベンチャー企業が、名誉あるロボット大賞を受賞するというのは、異例のことでした。 Isseiの、初の受賞スピーチはこちら。 Mujinは、創業当初から一貫して産業用ロボット分野にぶれずに注力してまいりました。なぜならロボットをより知能的に、より使いやすくするMujinのティーチレス技術こそがロボットの活用範囲を広げ、市場の拡大、生産現場の生産性や品質の向上、ゆくゆくは日本はじめ先進国がかかえる少子高齢化という問題に対して、必ずや新しい価値を創造すると確信していたからです。この度賞を頂きましたMujinコントローラピックワーカーも、ティーチレス技術によってロボットが自分で見て、動作を高速で考えることができるようになれたことで、実際に産業の中で膨大な割合をしめる、単調なピッキング作業をロボットが担えるようになりました。その結果貴重な人資源をよりクリエイティブな仕事にまわし、全体の生産性を向上するという、新しい価値を実際に生み出しはじめております。Mujinはご存知のとおり、世界のトップエンジニアだけで構成される、たった30人のベンチャー企業であります。カーネギーメロン、スタンフォード、MIT、パリ大学、東京大学、北京大学、清華大学、その他10国籍の多国籍チームが生み出す高い技術力と、現場のプロによる現場力が融合した会社として、今でこそ少しは人に知っていただける存在にはなりましたが、わずか5年前はまだ何もなく、アメリカから単身日本にやってきたロセン博士に私が説得され、2人で文京区小石川のガレージを改装した44平米の場所で、テーブル2つ、ラップトップ2つで事務所を開いたのが始まりでした。現実主義の私と根っからの技術者のロセン博士では、バックグラウンドや考え方がまったく違うため、意見はまったくかみ合わず、衝突は日常茶飯事。その上やっと作った商品が生産現場で役に立たなかったり、会社の資金が底をつきそうになったりで、「このビジネスはやっぱりだめか」と、客先からの帰りの車の中で2人意気消沈して、何度も諦めそうになりました。しかしそのたびになんとか乗り越えてこれたのは、「このモノづくりの中心地・日本でロボット自動化による技術革新を起こす。自動化で人々の生活の質をよくする」という2人の決意、信念があったからだと思います。初志貫徹するという一貫性と、不可能を一切認めないというタチの悪い頑固さを、私はCTOのロセン博士から学びました。ここまでくるまでには相当色々ございましたが、当時こんなに大変だとわかっていればやらなかったかもしれません。ただ、今では素晴らしいチームメンバーと、日本の太志ある企業の皆様と共に意義あることに挑戦できる、貴重な機会を頂いたことに大変感謝しております。今回を含め、歴代の受賞者の多くは、製造業、物流業、農業という、日本が世界に誇る産業の中で活動しておりますが、悲しいことに、俗に3Kとも言われる、あまり若い方々が自ら進んで働きたくない産業でもあります。しかし製造業は、GDPの大部分を占める、国の主要産業であり、人の生活に直結する、大変重要な、我々若い世代が命をかける価値がある産業です。それを思うとき、まさしく我々ロボット企業には2つの使命があると思います。1つは当然、ロボット自動化技術の革新により世界中の生産性を向上させること。2つめは弊社が成功することにより、戦後の日本のように、若い優秀な人材を、この素晴らしい製造業に再度呼び込むことです。今回の受賞も、受賞者単体の話ではなく、この重いロボット産業でこれから戦おうとしている、チャレンジャー企業、研究チームへの励みになるものと信じております。社会貢献の信念がある会社には、世界から良い人材と技術が集まります。良い人材が集まれば、チャレンジ精神のあるパートナー企業様が集まり、その結果価値ある商品ができます。今日本にできつつあるこの良い流れを、より大きい大河にしていくため、私達一同の取り組みはこれからも変わりません。それは、技術革新により持続可能な事業を興し、その事業により社会に貢献します。これは今回の受賞者共々、皆様同じ気持ちで各事業に取り組まれているものと思います。だからこそ、従来は難しいと言われていた介護、農業、エンターテイメント、医療その他分野にも、見てのとおりロボット実用化の兆しが芽吹いております。私達一同は今回の栄誉を励みとし、これからもなお一層の研鑽を重ね、人々の生活の質向上のため、それぞれの活動に引き続き邁進してまいりたいと存じます。 2度目の本社移転 前回の移転から約1年経った2015年8月、事業拡大に伴い湯島から本郷へ本社を移転しました。 前の湯島本社と比べ、ようやくきちんとしたオフィスらしくなってきました。3.6倍の広さとなりスペースの余裕も生まれ、もう次の移転は遠いだろうとメンバーたちは当時感じたそう。(実際には、このあと2年経たずに手狭となり、また移転をするのですが......。) ついに看板が!広くなったオフィス。コーポレートカラーのオレンジの壁。ロボットルームもできました!会議室も立派に。みんなでランチを食べるカフェテリアもできました。 物流参入のきっかけ:アスクル様との出会い ピックワーカーの発売と同時期。Mujinに、法人向けオフィス・現場用品を販売する大手企業アスクル様から1通の問い合わせメールが届きました。「物流倉庫でティーチレスのロボットを実現できないか模索しています。」   今でこそ物流の人手不足は再三メディアにも取り上げられていますが、当時はまだほとんど着目されていない時代でした。しかしアスクル様は当時から先を見据えており、ECの取引先が増える一方で人口減少が進み、今後倉庫内作業のための人手確保がどんどん難しくなる、といち早く危機感を感じ、動き出されました。倉庫作業の中でも、一番人手が必要だったのがピッキングの作業でした。  ...

Mujin Story #3:世界から集まったドリームチームとMujinプロダクトの誕生 (2012-2014)

2011年に創業し、10年目を迎えたMujin。その創業期や成長の過程秘話をMujin Storyとして数回に分けてお届けしていきます! Episode 3「世界から集まったドリームチームとMujinプロダクトの誕生」。 2009年の国際ロボット展で運命的な出会いを果たした創業者のRosenとIssei。Mujinを創業するまでの道のりは決して楽なものではなかったものの、2011年に創業し幸いにも初めてのお客さま獲得・資金調達を成功させることができました。前回の記事はこちら。Mujin Story #2:本格始動までの道のり 今回は無事スタートを切ったMujinの、チームづくり・本社開設・プロダクトの誕生秘話をご紹介します。 3人目のメンバー Huanの参画 ちょうどMujinが初めての資金調達をした2012年夏。その頃、のちにMujin3人目のメンバーとなるHuanは、アメリカのMIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院に在籍していました。 中国の上海に生まれ、中学のときにロボットに出会ってから一貫してロボティクスに熱中してきたHuan。ずっとロボットに関わっていたいという想いがありつつも、2010年の大学卒業当時、ロボット分野でビジネスとして成功している企業はほとんど見当たらず。結局院に進んで研究を進めつつ、社会人経験を積むため、大手ソフトウェア企業にて勤務していました。 Rosenには直接会ったことはありませんでしたが、ロボティクスの研究にあたって昔からよくオンラインで質問していました。いつ連絡をしても、丁寧に熱心に回答してくれる姿勢、そして何より知識の深さとロボティクスの実用化に対するRosenの情熱に、Huanは深く惚れ込んでいました。 そんな憧れのRosenから、「日本に来ないか?」と連絡。これといってないチャンスに、Huanはすぐに応えました。 Rosenのアパートに1泊し、2人で夜通し日本での知能ロボット開発ビジネスについて語り合いました。未だロボティクス技術は十分に実用化されていない。しかし、Rosenはそれを本気でやろうとしている。「これこそまさに自分がやりたかったこと!」Huanは完全に心を掴まれてしまいました。 Rosenと一緒に働くことができる。そして本当に自分がやりたかったことができる。Huanが仕事と大学院を辞め、日本へ引っ越してMujinに参画したのは、そのたった1か月後のことです。 本社開設 2012年9月。文京区小石川に、初めてのオフィスを開設しました。41平米のガレージにカーペットを敷いたもの。 現オフィスの1/350の広さです。 オフィス内にはロボットが並ぶこともあり、通り抜けができないことも。オフィスの奥にいる人と会話するために、一度オフィスを出て、反対側の入り口から入って話しかけていました。また会議スペースが十分になく、訪問者が来た際には、パイプ椅子を道路に並べて話すといったこともありました。 Huanを筆頭に、「ロボットを知能化して世界を変える」というミッションと創業者Issei・Rosenの情熱、優秀なメンバーに引き寄せられ、MITやStanford出身などのトップエンジニアが世界から集まってきました。学歴もさることながら、彼らの共通点は創業者と同じく「情熱」。ミッションに向かって全速力で駆け抜けるメンバーが創業期から揃っていたことで、一見不可能に思える難題もなんとか1つ1つ乗り越えていくことができました。 彼らの多くは日本に縁もゆかりもなく、「Mujinで働くために」引っ越してきました。当然周りに知り合いがいる訳でもなく、日本語も話せません。そんな彼らのために、Isseiはほとんど毎日ランチやディナーを作っていました。さらに食事だけでなくだけでなく、ビザ・銀行・家の契約...彼らが安心して日本で生活できるように、仕事に集中できるように、メンバーの生活に必要なもののサポートは何でもIssei自らやっていました。そしてもちろん毎日忙しい日々でしたが、その合間を縫って皆でビールフェスティバルに行ったり、観光をしたり、本当の家族のように東京の生活を楽しむことも忘れず。このファミリーカルチャーは、この頃から育まれてきました。   多忙な日々 当時は今のようなプロダクトはなく、ロボットの軌道計算や最適化を図るソフトウェアを提供していました。スタートアップには珍しく、Mujinは早い段階からお客様を獲得することができていました。   しかし少人数で多くのプロジェクトを回すのは至難の業。数か月工場に泊まり込んだり、1日16時間以上働くのも当たり前。しかし当時から「現場主義」を大切に、現場で動くものを提供することにピンをとめて日々開発を進めていました。   「毎週月曜日にお客様先の工場でシステムをアップグレードすることになっていたんだ。すなわち、日曜日の夜は毎週徹夜で開発。Isseiは、1~2時間睡眠。彼は朝僕たちを車で送らなければいけなかったから。」そう、Huanは振り返ります。   1度目の本社移転 本社開設から1年9カ月。メンバーも増え、ロボットの増えたことで手狭になり、文京区湯島へ初めての本社移転をしました。 ここは元コンビニ。奥の扉を開くと、目の前に大型トラックがガンガン走っている、そんな環境でした。騒音が激しいこともしばしば......。でも広さはもとの2.8倍になり、ロボットを置くスペースや打ち合わせスペースも確保できるようになりました。 Mujinプロダクト「ピックワーカー」の先駆け なんとか数々のプロジェクトをこなしてきたMujin。ある日、「ロボットのピッキングシステム」を作って欲しいと一人の男性がオフィスを訪ねてきました。もちろん即座に対応できる余裕は、Mujinにはありませんでした。しかし、そこから毎週木曜日の夜に、彼は決まってオフィスを訪ねてくるようになりました。ついにその熱意におされ、彼のためにピッキングシステムを開発することになりました。 ロボットは事前にプログラムされた動作を繰り返すものだったところ、リアルタイムで動作生成を可能にし、バラバラに箱に入れられた部品をプログラムなしでピッキングできるようにするという画期的なものです。当時は今とは違い、1つのものを取るのに40秒もの時間がかかるものとなりましたが、これがのちにMujinビジネスの主力となる「MUJINピックワーカー」の始まりとなりました。   ポルトガルからの救世主 2014年の展示会「設計・製造ソリューション展(DMS 2014)」。Mujinはボルトピッキングの展示をすることにしていました。展示会の2日前にハードウェアが届き、ソフトウェアも完成し、さぁ動かそう、と思ったところで、どうにも動かない。どうもビジョンの問題のようでした。 当時Mujinにはまだビジョンチームがなく、Rosenがカーネギーメロン大学で一緒に研究をしていたエンジニアが、ポルトガルから遠隔でサポートしてくれていました。 Rosenは彼に電話。電話を受けてすぐ、彼は東京への次のフライト時間を調べ、空港へ。東京に到着したのは、展示会初日の朝でした。 展示会が始まる2時間の猶予の中で、彼は見事問題を解決し、デモは無事動き出しました。   こうして彼は「Mujin Hero」と呼ばれるようになり、のちに正式にMujinへ主力メンバーとして参画しました。   このようにメンバー1人1人が全力を尽くし、数々の難題を乗り越えながら、Mujinは徐々に大きくなっていきました。  ...

Mujin Story #2:本格始動までの道のり (2011-2012)

2011年に創業し、間もなく10年目を迎えるMujin。その創業期や成長の過程秘話をMujin Storyとして数回に分けてお届けしていきます! 今回は Episode 2「本格始動までの道のり」。 2009年の国際ロボット展で運命的な出会いを果たした創業者のRosenとIssei。Mujinを創業するまでの道のりは決して楽なものではありませんでした。前回の記事はこちら。Mujin Story #1:創業者 RosenとIsseiの出会い今回は、そこから起業・初めてのお客さま獲得・資金調達までのストーリーをご紹介します! ついに起業を決意 まだ事業構想も固まっていない段階。その検証をするため、日本とアメリカを駆け回り、ロボットメーカーや製造業の企業へMujinの技術をピッチしていきました。革新的な技術。これまでの常識を覆すようなソリューション。もちろん簡単に受け入れてもらえるものではありませんでした。 それでも各社を回ることで、多くの知見や事業戦略の改善点を得ることができました。日本へ帰国後、RosenとIsseiはその学びを元に、デモのブラッシュアップを重ねました。毎日朝の3時までデモの開発を進める日々。そんな生活を半年ほど続けたのち、ついに会社を興す決心をしました。最初の資金は自分たちで持ち寄った100万円。2011年7月、こうして正式に会社を設立し、「株式会社MUJIN」をスタートさせました。(※2021年2月に株式会社Mujinへ社名変更) 社名は「無人化」と「無尽蔵」を掛け合わせたもの。(詳しくは、Mujinロゴに込められた想いとは?~ CTO Rosen インタビュー~で触れています。) Never Give Up, Never Surrender ある日、2人は大手ロボットメーカー、デンソーウェーブ様の前でデモをするという絶好のチャンスを得ました。もちろんそこに向けて全力で開発を進めていきました。しかし、実現しようとしていることも容易いものではありません。本番の日が迫る中、なかなかデモが動いてくれない...。どうしても、と事情を説明し、デモの日程を2週間延長してもらいました。 その2週間が終わろうとしているところ。依然デモは動かないまま。再度日程の延長をお願いすることなど、もうできません。ついに、デモが動かないまま当日を迎えてしまいました。会場までIsseiが車を運転をし、その助手席で開発を続けるRosen。車内には緊迫した空気が流れます。 「20分でいい。会話をつないで時間稼ぎをしてほしい。」RosenはIsseiに頼み込みました。 そして迎えたデモ本番。IsseiはMujinの可能性についてプレゼンを始めました。なるべくたくさん話して引き延ばして... 時々Rosenの方に目を向けますが、必死にパソコン画面と向き合い、準備ができている状態ではありませんでした。 会場の方々もさすがに事態を察し始め、ざわざわ。さすがにこれ以上は延ばすことができない。そう覚悟を決め、Isseiが謝罪をしようとしたそのとき、Rosenがデモのスタートボタンを押したのです。そして奇跡的にもデモが動き出し、成功に終わりました! この話は社内でも語り継がれており、この時の「Never Give Up, Never Surrender」(最後の1秒まで諦めない)という精神は、今のMujinを支える大事な企業文化となっています。 初めてのお客さま デンソーウェブ様から助言を受け、その年末の2011国際ロボット展にて、1テーブルで、でデモ展示を行いました。MUJINとして正式に、初のお披露目となりました。ロボット展のわずか2日前、思い立ったIsseiは、白いTシャツを2枚購入し、オレンジ色で「MUJIN」と刺繍を入れ、最初のユニフォームまで完成させました。 気合を入れて臨んだ当日。そこで、Mujinにとって最初のお客様となるキヤノン様に出会うことができました。Mujinは小さな創業間もない企業だったにも関わらず、革新的な技術を使うことを前向きに捉え、信じてくださり、一緒にプロジェクトをやりたいとおっしゃってくださいました。当時キヤノン様は工場の自動化を計画されていて、ロボットの位置と軌道を最適化するソフトウェアが欲しいとのこと。2012年、Mujinは記念すべき最初の受注を得ることができました。 初めての資金調達 ソフトウェアで完結するビジネスと比べ、ロボット事業における会社運営にはさらに資金が必要となります。Mujinもこれから事業を進めていく中で、資金調達をする必要がありました。 Isseiは複数のファンドにコンタクトをとりました。ちょうどリーマンショック後、経済は落ち込み人員削減が進んでいるところでした。工場は自動化を進める気力もなくクローズダウン。そんな情勢の中、Isseiが門を叩いたベンチャーキャピタルからは、「そんな製品は役立たない」と言われることがほとんど。彼らにとっては、短期で1度に大きなリターンがあるようなアプリケーションやゲームビジネスの方が扱いやすい。Mujinのような地道な準備を重ねる必要のある重工業スタートアップは、あまり魅力的には映らなかったのです。 「正直かなり落ち込んだ。」とIsseiは言います。帰りの車はいつもお通夜ムード。にも関わらず、Rosenの方はIsseiにいつもこう言っていました。「とてもいいミーティングだったと思う!僕の技術を知ってもらえた」Rosenの技術に対する自信は確固たるもの。Isseiも、一度やると決めたら最後までやりきると覚悟を決めていた。「地獄までRosenと共に行く覚悟はできていた」とIsseiは振り返ります。 そんな強い覚悟も伝わり、Mujinの壮大かつ社会貢献性の高いミッションに共感し、検討して下さるベンチャーキャピタルが数社出てきました。ちょうどその頃、東大でポスドクをやっていたRosenが東京大学エッジキャピタル(UTEC)のことを知り、彼らにもプレゼンをしに行きました。 UTECのスピード感は他と比べて圧倒的でした。他が1か月以上かかるような検討プロセスも、デューデリジェンス含めて短期間で完了。すぐに資金がないと困る、という状態ではありませんでしたが、そのスピード感は一緒にやっていく上で大切だと思い、一緒にやっていくことを決めました。 そうして2012年8月、Mujinは東京大学エッジキャピタルから7500万円のシリーズA資金を調達し、いよいよ本格的に歩み出しました。 続きを読む ⇒ Mujin Story #3:世界から集まったドリームチームとMujinプロダクトの誕生

Mujin Story #1:創業者 RosenとIsseiの出会い (2009-2011)

2011年に創業し、間もなく10年目を迎えるMujin。その創業期や成長の過程秘話をMujin Storyとして数回に分けてお届けしていきます! 初回 Episode 1は「創業者 RosenとIsseiの出会い」。アメリカ人の天才研究者Rosenと日本人のセールスエースIssei。二人はいかにして出会い、Mujinを創立することになったのでしょう。 違うバックグラウンドを持つ2人の創業者 Mujinの共同創業者でありCTOであるRosen。University of California, Berkeleyを首席で卒業し、修士を飛ばして Carnegie Mellon Universityで博士号を取得。「モーションプランニング技術」の権威者と言われています。 小さいころはゲーム作りに興味があったというRosen。しかし大学へ進むと、「世の中をよりよくしたい」そんな想いが強くなっていきました。「確固たる技術力はある。でもそれを使ってどんなことに貢献できるだろう」そんなことを考えていました。 一方、もう一人の共同創業者でCEOのIssei。大学時代をアメリカで過ごした後、伝説の投資家と言われるウォーレンバフェットが好きだったことから、彼が買収したイスラエルの会社ISCARに興味を持ち、入社。製造現場で使われる切削工具メーカーです。 当時からトップセールスとして活躍していたIsseiは、順風満帆なキャリアを歩んでいました。 始まりは2009国際ロボット展 今から約10年前の2009国際ロボット展。そんな2人が運命的な出会いを果たします。ロボットソフトウェア ROS でも有名なWillow Garageという企業のインターン生としてRosenは参加。Isseiは知り合いの頼みで、その日営業としてその企業を手伝うことになりました。 一緒にブースで立っている中で、RosenはIsseiのビジネスセンスにピンときたと言います。ものごとの本質・顧客のニーズを捉える能力。「なにか始めるのであればIsseiと一緒だな」そうRosenは確信しました。 確信とは裏腹に そこからRosenはIsseiに「一緒にビジネスをやろう!」と持ちかけます。しかし、そこには具体的なビジネスプランもありません。Isseiは、現職にも満足をしているし、丁寧にお断り......。 しかし、Rosenは諦めませんでした。国際ロボット展を終え、アメリカ帰国後もIsseiに連絡を取り続け、ビジネスをやろうと訴えます。 そしてあるとき、大阪の実家までIsseiを訪ねてきたのです。その姿勢を見たIsseiは、「成功するかは分からない。でも、こんなにしつこくて情熱があるなら、失敗しても一緒にまた頑張れるかな」そう思い、一緒にビジネスをやることを決意しました。ビジネスなんて最初から全部うまくいくことなんてほとんどない。失敗したときに、立ち上がれるかで成功が決まる。パートナーを組むならこのくらいエネルギーのある人がいい。そう思ったのです。 この技術は必ず世のためになる 「たった一度きりの人生。価値のある仕事に真剣に取り組み、世の中に少しでも貢献したい」バックグラウンドは全く異なる2人でしたが、共通する想いがありました。 「ロセンの技術がすごいことはよくわかる。でもどういう形で世に出せば、一番社会のためになるのだろうか」事業構想を検証するため、日本のロボット会社や工場へ話をしにいく作戦を立てました。 しかし実際のところは、すぐに厳しい現実に直面。まだ会社も設立していない2人がいきなり出向いても、なかなか話は聞いてもらえません。 「当時は製品なんてありません。ましてや会社名さえなく、何も実績のない若者2人が企業の経営層を訪ねたところで、なかなか話は聞いてもらえません。ようやく話ができたところで、君たち2人がロボットをティーチレス化する?信じられない、と帰されてしまった」とIsseiは振り返ります。門前払いの日々が続きました...。 話を聞いてくれるのであれば、どこにでも会いに行く。そんなスタンスで、お盆休みを利用して渡米。 Isseiが運転をして、Rosenは車酔いを我慢しながら、横でデモンストレーションのためのプログラミング。アポも取れはじめ、意気揚々と各社へ話しに行きました。 しかし、実際に回ってみると、ほとんどの企業から否定的な意見が。「40年間我々がやってきてできなかったことを、そんな2人ができるはずがない」心から2人のことを心配して、辞めた方がいいと、親切心で言って下さる方もいました。考えていたより簡単にはいかない....。 その中でも試行錯誤を続けた2人は、色々な企業と話す中で徐々に手ごたえを感じ始め、「この技術は、必ず世の中のためになる」と、確信を強めていきました。 続きを読む ⇒ Mujin Story #2:本格始動までの道のり

Mujin Story:Mujinの歩みをご紹介していきます

2011年の創業から、Mujinは一貫して「産業用ロボットの知能化」という分野で革新を起こしてきました。 「ロボットの知能化」を実現することによって、ロボットの導入を簡単にしたり、今までロボットでは対応できなかった複雑な工程でもロボットの利用を可能にしたり。それによってロボットにとっての新しい市場を開拓。生産性を向上させ、人口減少・労働力不足という社会問題の解決に貢献をしています。 Mujinはただのロボティクスの会社ではありません。自動化という夢を実現させる場所なのです。高度なロボティクス技術によって、社会の問題を解決しています。 そんなMujinは、誕生してから約9年。その道のりは決して楽なものではありませんでした。日本に生まれながら、20カ国以上の社員が集まり、半分は外国籍。ベンチャーには珍しい製造業・物流業という歴史の長い業界。そんな異色のベンチャーは、どうやって誕生し、100名を超える企業へと成長していったのでしょうか。   これから数回に渡って、Mujinのこれまでの歩みをご紹介していきます。 #Mujin Story 思い出の写真をピックアップ 2009年 国際ロボット展 Rosen & Isseiの出会い Mujin 創立前 アメリカ遠征2012年 初オフィス開設創業期のオフィス2014年 DMS出展2016年 アスクルと業務提携2016年 ロボット大賞受賞2017年 国際ロボット展2018年 十大新製品賞受賞2019年 アクセンチュアと業務提携2019年 ファーストリテイリングと業務提携2019年 国際ロボット展

Mujinと繋がる

936ファンいいね
250フォロワーフォロー
904フォロワーフォロー
1,660購読者購読